伝説
道教の経典によれば、玉皇大帝はもともと「光厳妙楽国(こうごんみょうらくこく)」の太子でした。幼いころから慈悲深く、王位を継ぐと国をみごとに治めましたが、もっとも栄えていたそのときに王位を譲り、山深く入って修行の道を選びます。その修行は千七百五十劫(こう)——一劫は十二万九千六百年——におよび、さらに長い修行を重ねて、ようやく玉皇大帝の位を得て三界を治めることになりました。至高の天公でさえ一歩一歩の苦行を経てきたのであって、生まれつきその座にふさわしい者などいない、というわけです。
民間にはもっと暮らしに近い言い伝えもあります。毎年旧暦十二月二十五日、玉帝がみずから下界に降りて人の世の善悪を見て回るというのです。この日はみんなとりわけ言葉と行いを慎みます。「天公が見ているから」。監視カメラのない時代、このひと言こそが台湾社会でもっとも古い自律の仕組みでした——誰にも見られていなくても、天では誰かが記録している、と。
