祀られている神様
五穀神農大帝
紹介
列車で竹南を通るとき窓の外を見ていると、高さ百五十六台尺の神農大帝が突然あらわれます。それが五穀宮です。1993 年に完成したこの巨像は後殿に立ち、竹南でいちばん分かりやすい目印になりました。時刻表を確かめなくても、あの姿が見えれば着いたと分かります。正式には「竹南頭份造橋五穀宮」といい、五穀先帝すなわち神農大帝を主祀します。竹南・三湾・頭份・造橋一帯の閩南(びんなん)系と客家(ハッカ)の人びとが共に祀ってきた廟で、民族の境界がはっきりしていた時代に、この「閩客合祀」はかなりめずらしいことでした。神農がつかさどるのは農事と医薬。二百年あまり、このあたりの実りの善し悪しは、まずこの神様に報告されてきたのです。
歴史
乾隆四年(1739 年)、泉州の林耳順が閩・粤の両籍の先民三十数名を率い、現地の原住民と契約を結んで中港渓一帯の開墾を始めました。神農大帝を祀りはじめたのもその年です——開墾が先にあり、信仰がそれに寄り添いました。嘉慶二年(1797 年)、張徴揚・張三・王献らの地主が建廟を発起し、五穀宮はようやく定まった殿宇を得ます。咸豊元年(1851 年)には三湾五穀廟へ分香し、同治十三年(1874 年)の再建の際には寄進の碑が立てられ、金を出した人・力を出した人の名が刻まれました。そして 1993 年、後殿の神農大帝巨像が完成し、二百年を超える農の信仰は、鉄道沿いでもっとも目立つ一つの座標になったのです。