伝説
言い伝えでは、悉達多太子は生まれるとすぐ七歩歩き、その一歩ごとに蓮の花が咲いたといいます。けれど本当の物語は王宮の外で始まりました。四門遊観の日、太子は腰の曲がった老人、うめく病人、冷たくなった死者、そして最後に穏やかな眼差しの修行者に出会い、栄華と富は一瞬にして重みを失いました。29歳の月夜、白馬・犍陟(カンタカ)にまたがり、従者の車匿(チャンナ)を伴って城を越えて出家します。それから六年の苦行。やせ衰えて骨と皮ばかりになったとき、ようやく悟りました。身体を痛めつけても覚りは得られない、と。
尼連禅河(にれんぜんが)のほとりで牧女・蘇耶妲(スジャータ)の乳粥の供養を受けて体力を取り戻すと、太子は菩提樹の下に座り、「菩提を証せずんば、この座を起たず」と誓いました。魔王・波旬(はじゅん)が魔女や魔軍を次々に差し向けて妨げたものの、そのすべてを退けたと伝えられます。夜明け前、太子は縁起と四聖諦を悟り、「仏陀」——目覚めた者——となりました。それから四十年余り、ガンジス川流域を巡って法を説き、王から屠殺人までがその聴衆でした。最後は拘尸那羅(クシナガラ)の沙羅双樹の下で、静かに涅槃に入りました。
